〈農〉の哲学研究の4つの柱
Ⅰ.人はなぜ、〈農〉をするのか
「人はなぜ、〈農〉をするのか?」
「〈農〉の哲学とは?」のページでも記したとおり、この問いは、私たちの常識を超えて時代の最先端を行く「小農の権利宣言」の内容を見て、探究することが要請されている哲学的課題だ!と思いたった研究テーマです。
こちらもすでに記しているとおり、小農の権利では、いわゆる農作業従事者だけではなく、山での猟、海や河川・湖沼での漁、狩猟・採取、農村での伝統工芸、大農場での賃労働に携わる人たちまでもが「小農」であると謳われています。
でも、これらの仕事に共通する視点は何なのだろう・・・?
それは、自然とかかわり、自然に働きかけながら、自然の恵みを生活の糧として得る、という点なのではないか。このような活動は、「文化=Culture」の語源であるラテン語「Cultura」の意味である「耕す」ということを意味しているのではないか。それゆえ、私たち〈農〉をする存在としての人を、「ホモ・カルトゥス」と表現できないだろうか。そう思うようになりました。そこで、哲学に加え、関連する諸自然科学の知見もふまえつつ、こうした考えを巡らせています。
このような考察の中身は、2023年度から開講している理系教養科目「〈農〉の哲学と倫理」(先行科目は21年度から開講)で受講生に投げかけ、みんなで一緒にうんうん言いながら考えています。
【具体的な実践】
Ⅰ-2 畑での農作物づくり
「人はなぜ、〈農〉をするのか?」を考えるには、まず、自分が農を知らなければならない。ということで、大学の圃場をお借りして、有機栽培(自然栽培)での農業生産に取り組んでいます。
Ⅰ-3 糸状菌農法
長崎県佐世保市で農業をしながら、日本各地で講演されている、菌ちゃん先生こと吉田俊道さんの提唱されている糸状菌農法について、大学の圃場をお借りして実践しています。手入れが少なくてすむ糸状菌農法が展開できれば、少子高齢化が進み、農業の担い手が少なくなる中山間地域でも、農業生産を維持する可能性が開けるのではないか。そうした仮説から実践に取り組んでいます(詳細はⅠ-3のはじめのページをご覧ください)。
Ⅱ.〈農〉を阻害している社会的要因の探究
これについても「〈農〉の哲学とは?」のページで書きましたが、伝統的な〈農〉をしたくても続けられない、という事態が、世界各地で発生しています。その大きな要因としては、グローバルに展開している世界・経済システムの影響があります。
たとえばハイチ共和国では、安価な外国産米が流入して自国のコメ農家が壊滅的な打撃を受けました。ところが、2008年に起こった世界同時食糧危機の際には、安価だったはずのコメの価格が急騰し、ハイチの人びとには手に入らない高根の花になりました。でも、国内のコメ農家の多くが廃業しているので、そんな状況に陥っても、ハイチのコメ市場を支えられない。その結果、生活の苦しい人びとを中心に泥クッキーを食べざるを得なくなってしまいました(『開発と〈農〉の哲学』第2章参照)。そうなった要因は、1990年代初頭、財政危機に陥ったハイチ政府が国連に支援を要請したとき、国連の機関であるIMFが、支援する代わりにコメの関税を大幅に引き下げよ、という条件を出し、背に腹は代えられないハイチ政府がその要請を飲んだのがきっかけだったのです。
ほかにも、〈農〉を阻害するいろんな問題が国内外で起こっていますが、そうした問題を引き起こすシステム的なメカニズムと、その背後にある思想を明らかにすることが、人間の「ホモ・カルトゥス」としての側面を担保し、かつ、持続可能な社会を考えていくうえでの前提になると考えています。
こうした問題意識から、〈農〉をめぐる諸問題と、世界システム論、疎外論、帝国主義論といった諸思想・哲学との往還を図りつつ、〈農〉を阻害する要因とその背後にある思想的課題を探究しています。
Ⅲ.持続可能な〈農〉のための共生理念の探究
「人はなぜ〈農〉をするのか?」「どんなシステムや思想が〈農〉を阻害しているのか?」
これらⅠ・Ⅱの研究を基礎として、3つ目に展開している「〈農〉の哲学」が、持続可能な未来社会を実現するためには、どんな共生理念や社会思想が必要になるのだろうか? という研究です。
そのために、関連する諸哲学をはじめ、ソーシャル・エコロジー(M.ブクチン)、菜園家族構想(小貫雅男・伊藤恵子)、脱成長論(セルジュ・ラトゥーシュなど)などの環境思想だけでなく、環境経済学、環境社会学など関連諸分野の知見も研究しています。
ですが、それにもまして重要なのは、地域で〈農〉に取り組んでいらっしゃる方たちの生きた思想であると考えています。
たとえば、管理的狩猟の大事さはわかる、でも・・・と仰る猟師さんのお話を伺うと、目からウロコが出てきます。自然と人間との循環は、もっと長期的に見たほうが良いのではないか。動物のいのちをいただくのは、自分の生活に必要な分だけでいい。そういった考え方だけではなくて、猟をする際の、山との響きあい、猟のパートナーであるワンちゃんとの阿吽の呼吸など、まさに「暗黙知(M.ポランニー)」としか言いようのない技のなかで猟が繰り広げられています。
ほかにも、宮城県南三陸町の戸倉地区のカキ漁師さんたちのように、自然との循環を極限まで突き詰めた結果、カキの品質が良くなっただけでなく、労働時間も減ったという刮目すべき取り組みもあります。
こうした実践、および実践の背後にある生きた思想に学ばせていただきながら、それらの知見を文研研究と往還させ、これからの持続可能な社会にふさわしい共生理念を探る。そのような研究が〈農〉の哲学の3つ目の柱になります。
【調査先】
Ⅲ-2 猟師さんのお仕事(長野県)
長野県飯田市の猟師さんのお考えから学ばせて頂いている、人間と自然との共生に関係する思想について、随時掲載していきます。
Ⅲ-3 漁師さんの知恵(宮城県南三陸町)
宮城県南三陸町の戸倉地区のカキ漁師さんから学ばせて頂いている、自然と循環しながら幸を得る知恵や、みんなで協力して漁を進めるための思想について、随時掲載していきます。
Ⅲ-4 農副連携
Ⅳ.〈農〉のある地域づくり・活性化の探究
グローバルにひろがる政治・経済システムが、いわゆる「途上国」での〈農〉を虐げる要因になっているのだとしたら、できるだけ小さな自治圏域で、まずは生産できるものを生産し、足りないものを補い合っていくガバナンスがひつようになってくるのではないか、と現段階では考えています(『開発と〈農〉の哲学』第Ⅲ部参照)。
この点は、例えば、「地域循環共生圏」がSDGsを促進するという環境省の提起のように、政府のなかでも重視される考え方になってきています。
※環境省の該当ホームページ
https://chiikijunkan.env.go.jp
そこで、Ⅲの、持続可能な社会のための共生理念を考える際に必要な、〈農〉のある地域づくり、地域活性化のための最先端の取り組みを行っている地域の実践に学ばせて頂いたことを、随時掲載していきます。
【調査先】
Ⅳ-2 T農園(山梨県山梨市)
T農園は、戦後、中国大陸から引き揚げてこられたTさんが、ご両親とともに開拓された、山梨市牧丘町に広がる扇状地の突端に位置する農園です。Tさんは「牧丘町有機農業研究会」のメンバーとして、裏山の落ち葉やカヤだけでなく、知り合いのブドウ農家の剪定木や養鶏農家の鶏糞といった、従来は廃棄物として扱われてきた農業の副産物を使って土づくりを実践してこられました。そんなT農園で育った野菜は、地域の学校給食に提供されることが決まっています。まさに「地域循環共生圏」です。
そんなT農園での援農から考えたことを、随時掲載していきます。
Ⅳ-3 都市農業の可能性(東京都国立市、府中市)
とても勉強になる著書『東京農業クリエイターズ』(イカロス出版、2018年発刊)の著者、小野淳さんは、東京ほど、世界の主要都市で農地が残っている街はない、そこに大きな可能性があると提起されています。そして、国立市で「くにたちはたけんぼ」をたちあげ、親子での農作業教室だけでなく、農園での婚活パーティーなどおもしろい事業を展開されています。
東京農工大学のある府中市にもまた、農家の方がたくさんいらっしゃいます。数軒の農家さんからお話を伺い、ときに援農作業をさせて頂きながら、多くのことを学ばせて頂いています。
そうした調査から考えた都市農業の可能性について、随時掲載していきます。
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